2024年4月16日、トカラ列島口之島沖合において、韓国籍貨物船「キョヨン・パイオニア号」が座礁し、重大な環境問題を引き起こす可能性が高い事故が発生しました。事故発生から一月経った5月16日午前、船体が折れたとの報道を受けて情報を更新しました。【2】
(出典:海上保安庁)
事故の概要
「キョヨン・パイオニア号」は、ナイロンの原料となる化学物質「シクロヘキサン」を積載していた韓国籍のタンカーで、4月16日に十島村の口之島沖で座礁しました。事故発生当初から、シクロヘキサンの流出が確認されており、環境への影響が懸念されています。
5月16日朝、船体が折れていることが確認され、第十管区海上保安本部(十管)が有害物質の流出状況を調査しています。現在、シクロヘキサンの流出がさらに拡大していないか確認中です。【2】
環境への影響
シクロヘキサンは、海面に出ると気化し、吸い込むと頭痛やめまいを引き起こす可能性があります。さらに、シクロヘキサンは甲殻類に非常に強い毒性があり、オオミジンコの48時間EC50値は0.9ppmであることから、水生環境有害性が区分1(水生生物に非常に強い毒性がある)に分類されています【1】。
水温とシクロヘキサンの溶解度
トカラ列島の5月の平均海水温は約20~25℃です。この温度範囲では、シクロヘキサンの溶解度は58ppmとされています。この溶解度は、事故現場の水中でシクロヘキサンが比較的高い濃度で存在できることを意味します。つまり、海水中に溶解したシクロヘキサンがオオミジンコなどの水生生物に及ぼす急性毒性(0.9ppm)をはるかに超える濃度で存在する可能性があります。
生態系への影響
シクロヘキサンの溶解度と甲殻類への強い毒性を考慮すると、トカラ列島周辺の海洋生態系へ深刻な影響をもたらす可能性があります。シクロヘキサンが拡散することで、以下のような影響が考えられます:
1. 甲殻類の大量死:現地の海水温における最大溶解度(58ppm)はシクロヘキサンの急性毒性(0.9ppm)に比べて非常に高いため、甲殻類の大量死が発生する可能性があります。
2. 食物連鎖の崩壊:甲殻類は海洋食物連鎖の重要な一部を形成しており、その影響は上位捕食者にも及びます。
3. 生態系全体への長期的影響:シクロヘキサンの長期的な存在は、生態系全体にわたる影響を引き起こし、生物多様性の減少や環境の劣化を招く可能性があります。
現在の状況と対応
事故後、サルベージ会社がタンカーの油の抜き取り作業を行い、5月10日に作業を完了しました。しかし、5月16日午前7時半ごろ、サルベージ会社から「タンカーの船体が折れた」との報告がありました。現在、十管が上空から現場を確認し、流出がさらに拡大していないか調査を進めています。
今後の課題と展望
1. トカラ列島を含む南西諸島は、東洋のガラパゴスと称される人類に残された重要な自然資源です。この海域では2018年にサーンチ号事故を経験しており、今後も同様の事故が起こり得るため、この事件を通じて長期的な監視システムの構築と整備が重要です。
2. 油濁事故の補償は我が国を含む参加各国の基金と拠出金をもとに国際油濁補償基金により担保されていますが、ケミカルタンカーについては積荷の流出による環境被害は補償制度がありません。このため、化学物質の流出に対する新たな補償制度の整備が求められます。
3. 地元住民と共に、長期的な影響を調査する体制整備が重要です。地元の漁業や観光業への影響を最小限に抑えるため、地域住民との行政・NGOの連携強化が望まれます。
(出典:国際油濁補償基金)【3】
海洋マイクロファイバー汚染への関与
シクロヘキサンから製造される化学繊維は、使用後に洗濯などの過程で微小な繊維として海洋に流出し、マイクロファイバー汚染の原因の一つとなっています。この問題は海洋生態系だけでなく、人間の健康にも影響を及ぼす可能性があるため、非常に深刻です。
NRDAアジア(Natural Resource Damage Assessment Asia)は、これらの問題を踏まえ、市民に対して天然繊維への回帰を促しています。天然繊維の使用は、環境への負担を減らすだけでなく、持続可能な消費行動の一環として重要です。
日本では、環境保護団体のスタッフが被害調査を行う際の費用を支出するシステムがありません。そのため、NRDAアジアは現地での支援活動を続けるために外部からの資金援助が必要です。もし可能であれば、私たちの活動へのご支援をお願いします。皆様の寄付が私たちの取り組みを支えることになります。【寄付リンク】
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